note 独りぼっちのクラス委員長

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今回は8分39秒の音声で
独りぼっちのクラス委員長
ということをお伝えいたします。
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**文章はここからです***
私は愛されています。
大きな愛で包まれています。

失敗しても
ご迷惑をお掛けしても
どんな時でも愛されています。

私は落ち込むことがしょっちゅうです。
人をねたむ時もあります。
いつも意気地なしです。

でもそれが私。
私は私の全てを受容します。

夫の急逝で私たち親子は
いろいろな壁にぶつかりながら
日々成長しています。

3人の娘たちが愛おしい。
あなた、私たちは大丈夫。

ありがとう
あなた。

おはようございます。
山田ゆりです。

今回は、
=============
独りぼっちのクラス委員長
============
ということをお伝えいたします。

いじめをした本人はその事を忘れてしまうが
被害者はずっと忘れずにいる。

「わぁ、久しぶり!」
銀行の二階の融資コーナーで
女性に声を掛けられた。

満面の笑みで声を掛けてきたのは
女子高時代に同じクラスだったケイ子。

私は途端に、当時の事を思い出した。

私が入学した高校は
県内でも有数の進学校だった。

入学したての頃、
クラス委員長を決める時間があった。
周りは出身校が同じ子たち同士で固まっていた。

私の同じ中学の人はこのクラスにはいない。
だから話す人はまだいなかった。

「誰かクラス委員長をやりませんか?」

そう言われても・・・誰もがそんな感じだった。
クラス委員長なんて名前は良いが
結局は雑用係。
そんな事をしていたら勉強に支障が起こる。
誰かやってよ。

教室の中はそういう雰囲気だった。

これまで人の上に立つことはなく、
もともと目立たない私は
他人ごとのようにこの流れを見ていた。
間違っても自分がなる事がないから。

「A子さんがいいと思います。」

突然、私の名前を言われた。
振り向くと、ケイ子が私の方を見て
ニヤニヤしていた。

県内で一番学力が高い中学出身の彼女の周りには
数人の女子達が取り巻いていた。

私はケイ子と話をした事はまだない。
ケイ子は私が苦手なタイプだ。

身長160cm位で一重瞼。
一見ニコニコしているようだが
眼は笑っていない。
人を小ばかにして
上から下までジロジロ見るような人だ。

「すみません。私は人の上に立つようなこと、無理です。」
とっさに私は立ち上がり皆さんに言った。

しかし、ケイ子達がはやし立てた。

今まで誰の名前も上がっていなかったのに
私の名前が出たことで
教室の皆は安堵している感じになっていた。

他に自薦・他薦が出なかった。
そして、多数決が行われた。

私はもう一度、自分は無理だと言った。
しかし、
どうでもいいから誰かやって欲しいと思っていたクラスの皆は挙手をした。

私はクラス委員長に選ばれてしまった。

なんてこった!

私は自分から人に話しかけることが苦手だ。
今までひっそりと生きて来た。

この学校でもそうしていこうと思っていたのに。

その日から私はクラス委員長の仕事を任された。
任期は半年。

それから私は何かの話し合いの時、議長を務めたが
そもそも議長なんてしたことがない。
人と話をすることさえうまくできない私が
話し合いの場を進行できるはずがなかった。

まごついている私を助けてくれる人は誰もいなかった。
ケイ子達はそんな私を冷ややかな目で見ていた。

冷やかしでも推薦したのはケイ子なのだから
救いの手を伸べてくれてもいいのに。

運動会の競技のメンバーを決める時も
学校行事の写真の希望を
皆から集めることにも
私はいちいち四苦八苦した。

私は、進みが早い毎日の勉強についていくのに必死だった。
でもそれ以上に、クラス委員長として
何もできない自分が恥ずかしかった。

クラス委員長なのにクラスで友達と呼べる人がいなかった。

私は独りぼっちのクラス委員長だった。
いつの場面でもどうすればいいのか分からなかった。

入りたい学校に入れて生まれ変われるかもと
希望にあふれていた私は、
クラス委員長の重責に押しつぶされて
すぐに学校が嫌になった。

朝、学校に行くのが憂鬱だった。
出来れば行きたくなかった。
でもクラス委員長だから行かなくっちゃ。

無理やり学校に行っているうちに
時々、お腹が痛くなった。
仮病ではない。本当にそうなった。

私は最初我慢していたが
2、3時間目頃にどうしても痛くて
保健室のベッドで横になることがあった。

ベッドに入ると午後まで起きれなかった。
毎月保健室に行くようになった。
保健室は私の逃げ場だった。

このような、私の何もできない
情けないクラス委員長の
半年の任期があけた。

次のクラス委員長はケイ子達の仲間の一人がなった。
その子は話が上手でクラスをうまくまとめてくれた。

誰にだって向き不向きがある。
出来る人ができることをやる。
始めからその子がなってくれたら良かったのに。

私はそれ以降も、相変わらず友達ができず
自己否定の毎日を送った。

私は高校を卒業する時に
なぜか「皆勤賞」をいただいた。
しかし私は、学校には行っていたが
ある意味不登校生だった。

銀行でケイ子に会った時
一瞬であの頃のことが頭の中を駆け巡った。

私は顔はにこやかにしていたが
胸中は穏やかではなかった。

出来れば一生会いたくない人だった。
でも、ケイ子はとても懐かしそうに私に話しかけてきた。

きっと彼女は当時の事を忘れているのだろう。
暴力を振るうとか悪さを直接してはいなかったから。

でも、冷やかしで人選し、
困っている私を冷ややかな目で見るだけで
何も助けてくれなかった事は
当事者としていじめを受けていた事と同じだった。

あれから30年以上経っているから
彼女が覚えていなくても致し方ない。

いじめをした本人は、加害者だったことを忘れてしまう。
でも、被害者はずっと心の中に残っている。

自分に都合の悪いことは忘れる。

忘れるから明日に希望が持てるのかも知れない。

人はうまくできている。

私もそろそろこのことは忘れよう。

今回は
============
独りぼっちのクラス委員長
============
ということをお伝えいたしました。

本日も、最後までお聴きくださり
ありがとうございました。
ちょっとした勇気が世界を変えます。
今日も素敵な一日にしましょう。

山田ゆりでした。

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